大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1370号 判決

控訴人

難波鉄筋工業株式会社

右代表者代表取締役

難波秀雄

右訴訟代理人弁護士

塚田秀男

被控訴人

森昇

右訴訟代理人弁護士

平林良章

右訴訟復代理人弁護士

細野静雄

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原判決別紙物件目録(一)ないし(三)記載の土地(以下「本件土地」というが、個別に「(一)の土地」、「(二)の土地」ということがある。)は森安吉(以下「安吉」という。)の所有であつたが、昭和五九年一二月二日同人が死亡したので、被控訴人が相続によりその所有権を取得した。

2  控訴人は、本件土地上に同目録(四)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、昭和六〇年六月一日以降本件土地を占有している。

3  よつて、被控訴人は控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和六〇年六月一日以降右明渡済みまで一か月九万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項中、本件土地が安吉の所有であつたこと及び同人がその主張の日に死亡したことは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2項は認める。

三  抗弁

控訴人は昭和五六年六月一日、安吉から本件土地を建物所有を目的として賃料一か月坪当り三〇〇円の約で賃借した。なお、同五八年六月一日右賃料は一か月坪当り五〇〇円に改訂された。

四  抗弁に対する認否

本件土地賃貸借契約が建物所有を目的とするものであること及び賃貸土地の範囲を否認するが、その余の抗弁事実は認める。賃貸土地の範囲は、本件(二)の土地及び本件(一)、(三)の土地のうち右(二)の土地に接する部分であり、その面積の合計は一五〇坪である。

五  再抗弁

1  安吉は、控訴人主張の日に控訴人に対し、期間を一年間として前記範囲の土地を賃貸したが、それは仮設作業場を建てることを目的とした一時使用の賃貸借契約であつた。

2  そして、右契約は昭和五七年六月一日、期間を一年間として、同五八年六月一日、期間を二年間としてそれぞれ更新され、同六〇年五月三一日期間満了により賃貸借は終了した。

六  再抗弁に対する認容

再抗弁事実は、否認する。

七  再々抗弁

被控訴人は、その主張の契約期間満了の直前に相続税支払のためとして建物収去土地明渡しを求めてきたが、現在すでに相続税は納付済みであることからして、右理由による本件土地の明渡しを求める必要があつたとはいえない。また、本件建物の構造、規模、居住人数等からみて短期間のうちに建物を収去して土地明渡しをするのは困難であることは被控訴人の知悉しているところであるから、このような事情のもとで本件建物収去土地明渡しを求めることは権利濫用として許されない。

八  再々抗弁に対する認容

争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一本件土地が安吉の所有であつたこと及び控訴人が被控訴人主張のとおり本件土地上に本件建物を所有し本件土地を占有していることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、昭和五九年一二月二日被控訴人が相続により本件土地の所有権を取得したことが認められる(安吉が同日死亡したことは、当事者間に争いがない。)。

二安吉が昭和五六年六月一日、その所有する土地を控訴人に対しその主張の約で賃貸したことは当事者間に争いがないが、賃貸した土地の範囲につき争いがあるので以下検討する。

〈証拠〉によれば、右契約において作成された土地一時使用契約書には、賃貸する土地の表示として横浜市港北区太尾町(字観音前)八三四番一五〇坪と記載されていることが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人が現在占有する本件土地には前同所八三四番の土地(以下たんに地番のみで表示する。)のほか八一八番、八三五番の各土地の一部が含まれ、かつその合計面積は五九五・三四平方メートル(約一八〇坪)であることが明らかである。しかし、右契約書上の地番や地積の記載は賃借物件を正確に示したものとはいえないし、本件賃貸借契約を締結するにあたり、安吉がその賃貸する土地を実測のうえその範囲を明示して控訴人に引渡した事実を窺わせる証拠はなく、さらには、〈証拠〉によれば、控訴人は安吉から土地を借り受けて後、本件土地の北側部分に本件建物を建て、その南側部分を車置場とするなどして本件土地全部を使用しこれを占有していることが認められるのであるが、これについて安吉や被控訴人から異議や苦情が述べられた形跡を窺わせる証拠もないのであつて、これらによれば、前記契約書上の「一五〇坪」なる数値は地番の表示と相俟つて賃貸する土地のおよその範囲を特定したものであり、かつ資料が右坪数に坪当りの単価を乗じて算定されていることが右契約書自体から明らかであるから、契約締結にあたり賃貸する土地の面積を大雑把に一五〇坪程度と見積り、これをもつて賃料算定の基準としたものと推認することができ、本件賃貸借の土地の範囲は本件土地の全部と認めるのが相当である。

三そこで、すすんで本件土地賃借権が一時使用のため設定されたか否かについて判断する。

本件土地賃借権が建物所有を目的とするものであることは、弁論の全趣旨から明らかであるが、〈証拠〉によれば、前記契約書には、「土地一時使用契約書」なる標題が付せられているほか、安吉は控訴人に土地を一時使用させるものであり(第一条)、控訴人は本件契約が借地法第九条による一時使用のものであることを認める(第七条)などの条項の記載があることが認められる。

しかしながら、賃貸借契約が一時使用を目的として締結されたものであるかどうかは、契約書の字句、内容だけで決められるものではなく、契約書の作成を含めての契約締結に至る経緯、地上建物の使用目的、その規模構造、契約内容の変更の有無等の諸事情を考慮して判断すべきものであるところ、〈証拠〉によれば、次の各事実が認められる。

1  控訴人(代表者代表取締役難波秀雄)は鉄筋工事の請負を業とし、かねて本件土地の所在する太尾町内に九五坪位の土地を借り、そこに控訴人の代表者及び家族、従業員の居宅兼宿舎用の建物を建て、空地部分を車置場として七、八年余り使用してきたが、車置場の関係で手狭となり不便を感じていた折柄、昭和五五年頃地主から右土地の明渡しを求められたのを契機に、他に土地を求めるようになつたこと、

2  その頃難波は、知人の田中敏雄からその近辺にかなりの土地を所有する安吉を紹介され、同人と交渉して同人から同町内に居宅兼宿舎用の建物や車置場に使用する目的で二一〇坪程の土地を賃借することになつたので、控訴人は多額の費用を払つて整地を行う一方建築確認申請をしたが、通路等の関係で確認が得られないことが判明し、結局右土地の賃借を断念したこと、

3  そこで難波は、安吉に右の事情を述べ、さらに交渉した(安吉は当時高齢であつたので、安吉に代わり主に被控訴人が難波との交渉にあたつた)結果、安吉は控訴人に対し前記土地の代わりに本件土地を賃貸することにしたこと、なお右交渉の折、被控訴人は難波に対し、安吉が高齢なので将来安吉の身に変事が起き被控訴人に本件土地の処分または自己使用の必要が生じた場合にはすみやかに返還して貰いたい旨の要望が述べられ、難波もこれを了承していたこと、

4  控訴人は、契約締結と同時に安吉に対し一年分の賃料五四万円を一括して支払つたが、それ以外に権利金等の授受はなされなかつたこと、

5  控訴人は、契約締結後直ちに整地のうえ、本件土地に軽量鉄骨造二階建の建物(床面積一、二階とも一四八・七六平方メートル)一棟を建て、控訴人及びその家族のほか十数名の従業員がこれに居住するに至つたが、安吉や被控訴人は右のような建物の建築、その後における本件土地の使用状況を知りながら特に異議、苦情を述べなかつたこと、

6  ところで、右契約は昭和五六年六月一日、期間を同日から一年間とし、賃料を月四万五〇〇〇円(坪当り三〇〇円)、一年分を一括前払とする約で締結され、右契約期間終了前の同五七年五月二四日、期間を同年六月一日から一年間、賃料月六万円(坪当り四〇〇円に改訂)とする契約が結ばれ、さらに右期間終了前の同五八年五月二四日には、期間を同年六月一日から二年間、賃料月七万五〇〇〇円(坪当り五〇〇円と改訂)とする契約が結ばれ、それぞれその旨の契約書が作成されたが、右各更新の際安吉や被控訴人から控訴人に対し特に本件土地返還の申入れやこれを匂わす発言はなかつたこと、

7  本件賃貸借契約に使用された契約書は、難波が控訴人の元請である前田建設が飯場や資材置場として土地を借り受ける際に使つていた契約書用紙(これには前記標題や条項が不動文字で印刷されている。)をそのまま複写したものに、適宜、必要事項を書き込んで作成されたものであつたこと、

以上の各事実が認められる。

右認定の事実関係からすれば、控訴人は契約当初から短期間に限つて本件土地を借り受ける意思であつたものではなく、一方安吉や被控訴人においても早期に本件土地の返還を受けるべき予定も必要もなかつたもので(なお、被控訴人の前記発言も賃貸人側の一応の希望として述べられたものにすぎず、これをもつて本件賃貸借の性格を決定する趣旨のものとも、これを条件としなければ契約を締結しないとするまでの意思表明であつたとも認めることはできない。)、その後の本件建物の建築及び土地の使用状況とこれに対する安吉及び被控訴人の態度等を考え合わせれば、双方とも短期間で契約を終了させる意思の下に、すなわち一時使用の目的で本件契約を締結したことが明らかであると認めることはできない。

前記契約書に定められた期間は(そのつど賃料が改訂され、かつ期間にも変更のあることから考えると)いわゆる地代据置期間と認めるのが相当である。

叙上判示の事情からして、本件賃貸借は、契約の当初から非堅固の建物所有を目的として締結されたものといわざるを得ない。

そして、他に本件賃貸借契約が終了したとの点については何らの主張も立証もないので、控訴人は賃借権に基づき適法に本件土地を占有しているものであつて、控訴人の抗弁は理由があり、被控訴人の再抗弁は理由がない。

四よつて、被控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきところ、これとその趣旨を異にする原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官武藤冬士己 裁判官清野寛甫)

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